2021年12月、長野県駒ヶ根市にて開催されたGREEN SHIFTのフィールドプログラム。 Day1のキーノートセッションでは、株式会社eumoの新井 和宏氏をお迎えし、北海道ニセコ町におけるコミュニティ通貨の事例を軸に、経済的メリットではなく「共感」によって価値を循環させる「共感資本社会」の構想についてお話を伺いました。
「共感」を原動力に通貨を使うことが、自分の意思表示になっていく
共感コミュニティ通貨eumoのコンセプトは、「人が幸せになるためのお金」。貨幣換算できない支援や共感を通して、新しい資本を生み出し、経済活動を促進します。2018年から実証実験が開始され、2022年現在は約200店舗が加盟、現在も利用拡大を進めています。
地域経済の活性化を目的に、実証事例も増えてきた地域通貨。実装・運営の過程で本来の目的を見失い、シェアを増やすことへと目的がシフトしてしまう等、課題も多くあります。特産品として売り出したものが、実はすべて東京の企業で生産・販売されているという本末転倒な事態も生じています。
共感コミュニティ通貨eumoのサブコミュニティであるNISEKO eumoでは、加盟店の売り上げの1%や使用期限が切れたコインを、地域の子供の支援に充てる仕組みなどを導入することで、地域への還元を実現。社会貢献活動に共感した住民が、コミュニティ通貨の使用を通じて、地域の発展への想いを加盟店に託すことが可能になります。
eumoが挑戦するのは、利益を追求する資本の論理の対極となる、地域が目指すビジョンを表現する通貨の流通が地域の発展に繋がる「コミュニティ経済システム」。ユーザーや加盟店が共感を原動力に通貨を使うことが、アイデンティティの一部となっていくのです。
自然資本は「占有」ではなく「共有」によって真価を発揮する
後半では、デザインファームBIOTOPEの代表として、企業の戦略設計や新規事業創出支援に携わる佐宗邦威氏をお迎えし、金融とデザイン双方の視点から、経済や人間社会の新しい在り方について議論を深めました。
(以下、敬称略、対談形式)
佐宗:新井さん、大変興味深いお話ありがとうございました。新しい資本主義と、eumoが取り組む「コミュニティ経済」について、更に深掘りしていきたいと思います。
まず最初にお聞きしたいのが、新しい資本主義における評価指標についてです。従来の貨幣経済では、流通量の増加が成長とみなされています。それに対して「コミュニティ経済」では、どのような状態を成長と捉えることができるでしょうか?
新井:お金の価値って、そこに流通しているモノによって決まりますよね。例えば、ドルで売られているものが魅力的だと判断した人が多ければ、ドルの需要が高まり流通は増えます。
ところが、仮想通貨は流通自体が目的になる場合が多く、実際にどんなモノが流通しているのかわからなくなり、需要が高まりづらいという課題が散見されます。
だからこそ、仮想通貨では「共有」の重要性が高まります。森林や生態系サービスから美術品まで、価値あるものはすべて、一人の所有者の手に留まっている状態では真価を発揮できません。自然資本に近ければ近いほど、「占有」ではなく、「共有」することで本当の価値が生まれます。その「共有」を簡単に実現できるのが、資本を分配する株式会社というシステムです。多くの人に共有材、つまりコモンズとして株式を持ってもらうことで、持続可能性を担保しやすくなります。
「共有」の概念を腐らせない条件
佐宗:今のお話を聞くと、これからの時代は自然資本やコミュニティといった、「見えない資産」に価値が置かれるようになっていく気がしますね。ただ、実際に地方に住む方々にとっては、そういったものは普遍的すぎて、価値があるものだとは必ずしも認識されていない印象があります。見えない価値が可視化されれば、小さな範囲で留まらず、より多くの人々を巻き込んでいけるように感じます。
新井:その通りですね。それを実現するためには、すべての参加者がユーザーとして、共有化のプロセスに参入することが不可欠です。共有化の中で気をつけなければならないのは、全員が対等なレベルにあること。参加者が意見を言えなくなると、共有という概念は腐り始めます。「応援だけして、あとはお任せします」という関係性では、僕の経験上うまくいかなかったですね。
「コミットは全員するけど、それぞれの持分は少ない」というシステムが最適で、価値も見出せますし、持続可能性も格段に高まると思います。
株式会社は100年後に消える?eumoが選んだ「非営利型株式会社」というオルタナティブ
佐宗:ここまで何度か「コモンズ」や「共有知」というキーワードが出てきましたが、僕自身もこのトピックについて議論する機会が増えています。かつては、共有資産は誰も興味がないから人任せ、国任せにするという風潮がありましたが、最近はユーザーが主体となって運営する「組合」のようなシステムも増えている印象です。そういったシステムと、eumoが目指すコミュニティ経済とでは、どんな違いがありますか?
新井:組合という在り方は非常に魅力的で、将来的には到達できればと思っていますが、まずは、従来の株式会社という在り方を変えるところから取り組んでいます。というのも、100年後の社会を考えたとき、株式会社という形態は存在しないかもしれないと感じているからです。インフラ企業が際限なく値段を吊り上げることができる現在の経済システムの中では、株式会社はオーナーが牛耳る中央集権のような形態に陥りやすい傾向にあります。
そのような背景から、eumoは2021年の夏、非営利型株式会社へと会社形態を変えました。非営利型株式会社というのは、創業者が利益を放棄し、利益と財務財産を社会に還元する法人です。また、株主の権利が参画の順番に左右されないので、公平性を保つことができます。
なぜ組合ではなく、株式会社という体裁を残したかというと、まずひとつは資金調達の手段が、株式会社の方が圧倒的に多様だから。そしてもうひとつには、僕自身が、投資に関わってきた人間として「株式会社もここまで変われる」ということを表現したかったという想いもありますね。
IPOからE2Cへ。利益追求の向こう側のモチベーションとは?
佐宗:非営利型株式会社という在り方は、Exit to Communityという概念と近いですよね。1点気になったのが、インセンティブの設計です。株式会社という枠組みでは、協力者や仲間への報酬としてIPOが共通のモチベーションになっていました。非営利型株式会社では、どのように彼らに報いるのでしょうか?
新井:そもそも、「報いる」という考え方には「犠牲」が伴ってるような印象がありますね。活動そのものがモチベーションになると、「報いる」という概念は小さくなっていくのではないでしょうか。自社のメンバーを見ていても「自分がお金を持ちたい」というモチベーションは小さくなっているように感じます。
利益主義でやっていると、ストレスが溜まります。「課題解決」とか「問題解決」とか…。ビジネスシーンでは耳が痛いくらい聞きますが、正直、重いですよ(笑)。そういうものは取り払って、もっと軽やかに、やりがいを求めて取り組む人が増えていくような気がします。
佐宗:今日のセッションでも、妄想やビジョンという言葉が何度か出ましたよね。僕自身も「ビジョンドリブン」を提唱しているので、とても共感できます。まさに、自分の中の楽しさ、やりがいから軽やかに進むのが、これからの自然資本経営なのかもしれないですね。
(終わり)